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奇跡の共演を許可します

2011年11月30日 02:10 | コメント(0) | トラックバック(0)
昨日でてきたイメージというか実感に近いもの。

改めてホイットニー・ヒューストンを好きになった後、自分の右にスティービー・ワンダーがいて、左にホイットニー・ヒューストンがいるという感覚になった。

なんと、3人で並んで歌ってるんです!

そんな無茶苦茶なー。

でも不思議にことに、絶対実現不可能なもの、とは思わなかった。

それで、すかさず自分に許可した。

そんな現実をも体験していいんだと。


そのとき歌ってた曲が、ホイットニーの「Greatest Love Of All」。


今まで歌詞の内容に目を向けてなかったけど、この動画の日本語字幕を読んで、今日このタイミングにこの曲である意味を理解したとき、喜びで全身が打ち震えた。本当に体がよじれるほど震えてボロ泣きした。


ホイットニー・ヒューストンは超欲張り

2011年11月29日 22:58 | コメント(0) | トラックバック(0)
大発見をした後、あらためてホイットニー・ヒューストンのスゴさに気付いた。

僕が始めて自分で購入したCDが彼女の「ボディガード」でした。それは同タイトルの映画のサウンドトラックなんですが、劇中で歌う彼女に度肝を抜かれたのを覚えています。


今でもYouTubeでホイットニーの映像を観たりしますが、その中でも僕にとっての極めつけは、1991年のスーパーボウルでアメリカ合衆国の国歌を歌ったものです。


何度観ても、圧倒的な「自由」を感じて、何かが揺さぶられます。

このとき、彼女は地球上においての究極的な光を体験したのかなって、そんな風に思ったのが、今日のウォーキング中。

だとしたら、詳しくは知らないけど、その後の大変な時期は、逆に真っ暗闇に感じたんじゃないかなって。

天才は早死にするって沢山の例があるらしいけど、もしかしたら早めに究極的な光を体験して、はい卒業って感じなのかもしれないですね。

でもホイットニーの場合は、その後さらに究極的な闇も体験するぐらいの、欲張りさんなのかな。

なんて思えてハッとした次第です。

正直に自慢します

2011年11月29日 21:51 | コメント(0) | トラックバック(0)
今日は一日を通して非常に高い波動のエネルギーを感じる日だった。

その上、それがしっかり反映された現実を、あちこちで体験した。

その後、いつものようにウォーキングで帰る道すがら、いつものようにヒントの整理が始まった。

今日の体験につながるヒントをある程度整理した後、ふとスティービー・ワンダーとバシャールってやっぱり似てるよな〜って思った。前にもそう感じたことがあったけど、今日は似てるっていうより、ソックリだって思えてきた。

もちろん見た目じゃなくて、雰囲気というか受ける印象というか、まあ僕の感じるエネルギーがソックリなんでしょうね。

それから、もう1つそれらとソックリなエネルギーを感じるところを発見した。

自分の中にある!


かっちょい〜

判断してもいいんじゃない

2011年11月28日 09:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
昨日のウォーキング中にて。

人を判断したり(心の中で)裁いたりしたらダメって聞くけど、自分はそう思ってないなと。素直にでてくるものだったら別にいいんじゃないかと。不意にそんな考えが浮かんだ。

「判断する」ことはよくないから、自分がそうすることを恐れてる。その手の情報に詳しい人ほど、そういう傾向があるよな〜。なんて思ったり。

自分はそう「判断」してるんだ。

と気付くと、確かにそうしてる自分は気持ちよくはないかな。

まだ見えてないものがあるのもしれないけど、恐れるほど悪いものかな...

いやいや、何か引っかかりを感じる。

時間を置いてピンと来た!

自分は「判断する」ことには恐れてなくても、「判断される」ことにちょっと恐れてる。不本意な判断をされそうに感じたとき、心がザワついたことが過去何度もあった。気付いてはいたけど、無視してきた。

そう、人の判断で自分(の価値)が影響受けるという観念がある。見つけた!
この観念を手放すことを自分に「許可」します。そう思うだけで不思議に体が軽くなった。

向き合いたくないものでも、こんな形で見つかると、すんなり受け入れられるな〜。

というわけで今回は「判断する」ことがヒントになりました。今のとこ僕にとって必要なもののようです。

「期待」のように自分にとって必要なくなったときに、気持よくサヨナラします。

ウォーキングはゴールデンタイム

2011年11月28日 00:15 | コメント(0) | トラックバック(0)
ウォーキングが好きです。

いつも同じコースだと飽きるので、電車で出かけて、あまり通ったことのない道を選んで、10kmぐらい歩いて帰るというのがお気に入り。そのぐらいの距離だと1時間以上かかるわけだけど、楽なペースで時間を気にせず歩いてると、どんどん元気になってくる。

雨が降ってきたり、疲れを感じたら途中で切り上げて電車で帰ることもある。やり遂げることには特にこだわらない。なるほど、今日はそういう流れねって感じ。

長い時間歩いてるといろいろアイデアが降りてきたり、頭の中がスッキリ整理されたりする。そういう時の脳みそは、パソコンやiPadのような電子機器を前にしてるときとはかなり違うんだろうな。活性化はしてても疲れない。プログラムしてるときもそんな状態であれたら、きっと疲れ方が違う。

まあ、歩いてるときも音楽聞いたり道を調べたりにiPhone使ってるし...電子機器もかなり好きだ。

そんなことも含めて、ウォーキングは「ヒーリング遊び」のゴールデンタイム。
タグ:ウォーキング | カテゴリ:ヒーリング遊び

吉祥寺の楽器で遊べるお店

2011年11月27日 14:36 | コメント(0) | トラックバック(0)
IMG_6943.jpgお店の楽器を弾いて楽しんでいいという情報にピンときて、吉祥寺に最近オープンした「南郷7丁目」というライブ酒場&喫茶に行ってきました。

ランチタイムの営業(11:00〜16:00)は12月かららしく、行ったときはやってませんでしたが、中に入って写真を撮らせてもらいました。

電子ピアノ、ギター、ウッドベース。あと写真では分かりにくいですが、ボンゴとカホンがありました。それから楽譜もいろいろ置いてありました。

楽器で遊んでいいのはディナータイム(18:00〜27:00)で、チャージ1500円です。スタッフのひとも演奏したり、ちょっと教えてくれたりするそうです。

体ひとつでいけば、楽器で遊べる。雰囲気も含めて、敷居が低くていい感じです。

僕にとってシンクロたくさん。
さらにワクワク♪

吉祥寺のライブ酒場&喫茶 南郷7丁目
http://nango7.mls-j.com/
タグ:吉祥寺 音楽する | カテゴリ:ヒーリング遊び

「期待」の代わりに「許可」

2011年11月27日 13:27 | コメント(0) | トラックバック(0)
今も変わらず「期待」って心地よい言葉に感じる。でも自分にはなくてもいいかなって思うようになった。

自分にとって「期待」は前に進むための原動力としてながらく機能してた。今思えば、それは目の前に吊り下げたニンジンのように。

それは、重い現実の中であっでも、ものすごいパワーを出させてくれる。

最近になって、それがない方が軽いって気付いた。スイスイ自由に動けるって感じ。

何か実現したいイメージが出て来たら、そうなるように「期待」する代わりに、そうなることを「許可」する。この表現が確かにしっくり。
タグ:許可 ヒントの整理 | カテゴリ:ヒーリング遊び

ヒントの出し合いっこ

2011年09月02日 19:48 | コメント(0) | トラックバック(0)
『さまざまな「トリガー」でやってくる「そろそろ、どう?」 』
http://www.vcafe.jp/voicekitami/blog/entry-13192

ものすごく分かる!

無意識でもいつもやってる、みんなでヒントの出し合いっこ。

僕の場合、特にヒーリングの練習会で、よりピンとくるヒントをたくさんゲットできてるかな。お互いにちょっとしたチャネリング状態だったりするのかも。
タグ:ヒントの整理 | カテゴリ:ヒーリング遊び

クォンタムタッチ レベル1ができません

2011年08月13日 22:57 | コメント(0) | トラックバック(0)
最近クォンタムタッチ レベル1(旧ベーシック)ができなくなっていることに気づきました。練習会などでクォンタムタッチ初体験の人に、レベル1はこんな感じってデモンストレーションしたいんだけど、形はレベル1でやってても、結局レベル2になってるんです(少なくとも自分ではそういうふうに感じます)。

とは言っても、自分にとってレベル2が一番しっくりくるから、いよいよレベル2が自然体でできてるのかなって都合よくとらえちゃいます。まあ自分流のレベル2になってるから、これも初体験の人にするデモとしてどうなんだって感じですけど、結局のところ言いたいのは、レベル2が大好きだってこと。

そういえば今日の練習会で、手を置いてヒーリングする自分を観察していたら、エネルギーを流すというより、どちらかというとエネルギーを振動させてる?ようだった。イメージの中の超高速呼吸に合わせてエネルギーを前後させることで振動させてる感じだった。それがいいかどうかなんて置いといて、それが今日の自然な形だった。

癒しフェアでクリスタルボールの響きを体験し、今日はシンギングボールを受けたからかな〜。

クォンタムタッチ レベル2 ワークショップ情報

2011年08月06日 21:52 | コメント(0) | トラックバック(0)
東京で9月、10月にクォンタムタッチ レベル2のワークショップが開催されるらしいです。

2011/9/24(土)・25(日)
2011/10/15(土)・16(日)

レベル2を一緒に練習できる人、増えるかな♪

クォンタムタッチ本を読み返して 4

2011年07月29日 16:50 | コメント(0) | トラックバック(0)
P.164から引用
(骨格調整について)あなたが骨を動かそうとする必要はありません。体は知っています。相手の体の知性に起こるべきことを決めてもらいましょう。相手の体が骨を元の位置に戻すことを「選ぶ」のです。体は自分の骨格を整えたいと本当に望んでいるからです。
ちょっとグレた骨が、本当は「僕を見てて!」って思ってることに、答えてあげればいいんでしょう。

クォンタムタッチ本を読み返して 3

2011年07月28日 19:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
P.111から引用
誰もあなたに代わって食事をしたり、笑ったりできないように、あなたの代わりにあなたを癒すことはできません。人からどれだけのヒーリングワークを受けようと、実際のヒーリングを起こしているのはあなたの体であることを覚えておいてください。簡単に言えば、あなたの体が自らを癒しているのです。
〜中略〜
「ヒーリング」ワークをしている人はただ、ヒーリングが起こるような環境作りをしているだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。
P.119から引用
偉大なるヒーラーとは、重い病気から速やかに回復した人を指します。つまり「ヒーラー」とはまさにヒーリングを促進する人のことなのです。あなたがクォンタムタッチを行うとき、実際には誰も癒してはいません。あなたがしていることは、共鳴と同期化のパワーを通して相手の体の波動が高まるように波動場を引き上げることです。あなたがワークしている相手が実際に癒されるかどうかは、あなたの責任ではありません。自分以外の誰かを癒すことなど誰にもできないからです。
最初に読んだとき、一番共感できたとこ。ヒーリングを受ける側こそヒーラー。

クォンタムタッチ本を読み返して 2

2011年07月27日 19:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
P.102から引用
未解決の感情問題はヒーリングの波動をブロックしたり、病気を再発させたりします。ただし、このワークはクライアントの個人的な感情や心理を変容させるヒーリングではありません。もしクォンタムタッチがその人の本来処理すべき感情のプロセスや健全な感情表現に取って代わるとしたら、私はそれは障害であるとみなします。自分に正直になることや感情を感じ、解放する学習に必要なスキルは誰にでも備わってします。だから、私たちの成長の基盤をなす大切な部分に介入するとしたら、それはすべて逆効果だといえるのです。クォンタムタッチは、人がよりバランスの取れた状態に戻って自分の成長に必要な自己表現や許し、開放を行えるよう援助するだけなのです。
セルフクリエイテッドヘルスに通じることがここに書いてあった。
見方によっちゃクォンタムタッチの弱点になるのかな。
病気や痛みが、大事なメッセージだったとしたら、本人がそれを受け取ることなく、取り除くことはできないってことかな。

クォンタムタッチ本を読み返して 1

2011年07月27日 00:58 | コメント(0) | トラックバック(0)
P.46から引用
愛から始まる
子供たちが遊んでいる様子を見たことがありますか? 彼らはいつもこう行ってます。「僕を見てて!」と。
〜中略〜
ただ、注意を向けてあげるだけで子供は自然にそれを愛の行為として体験します。
〜中略〜
クォンタムタッチとは、ただそこにいてあげること、すなわちあなたの本質を伝えてあげることなのです。
自分にとってのクォンタムタッチ レベル2はこうな風に感じるって思ってたことが、ここに書いてあった!
レベル1(旧ベーシック)、レベル2に共通する根本的な部分だったんだ。レベル2はこれをよりシンプルな形で表現するものなのかも。

「愛を照らす」かな

2011年07月04日 10:15 | コメント(0) | トラックバック(0)
クォンタムタッチで受け手に対してエネルギーを流すとか、愛のエネルギーを送るとかやってきたけど、今一番自分がしっくりくるのは、流す、送るというイメージではないことに気づいた。

照らす...「愛を照らす」がちょうどいいかな。

自分が太陽というかスポットライトというか愛のエネルギーを照射する光源になるイメージ。コントロールするのはどこを照らすかだけ。なんとなく気になるところをなんとなく照らして、気が済んだらほかの気になるところ。なんとなく気になるところがなくなったら終了。

こうなってくるとテクニックを使う感じではないからエネルギーワークとは言えないかな。というかテクニック増やす方向とは反対でシンプルな方向が好きみたい。



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