図書館で借りた本「自然に演奏してください―パブロ・カザルスの教えとアレクサンダーワークの共鳴 」を読んで響いたところをメモ。
チェロの近代的奏法を確立し、深い精神性を感じさせる演奏において20世紀最大のチェリストとされるパブロ・カザルスの教えとアレクサンダー・テクニーク、両方を経験した著者へのインタビューをまとめた本。
P.57 より引用
「かかるだけの時間をかけましょう」とても斬新なアイデアでした。
付け焼刃的なテクニックはやらず、最初から本質的なとこをやる。それはものすご〜い遠回りのように見える。でも本質的なところに向き合えてる実感がある。だからこそ、かかるだけの時間をかけられるんでしょう。
P.91 より引用
「やろうとしないで下さい」、「動きが起こってくるのを許しましょう。余計なことをやめていくのです。待っていれば、正しいことは自ずから起きてきますから、道を空けておきさえすればいいのです」
ゆだねるということ。
P.104 より引用
「必要な刺激によってもたらされるこの柔軟な動きは、身体の中心から起こってこなければならない、そう理解してよろしいですか」という質問に対しカサルス氏が答えています。
「これはわたしの信ずる自分流の理論にすぎません。少なくとも、誰かにその部分について教えてもらったことはありません。先生方でさえ何も言いませんでした。その刺激が身体の中心からやってきている時、つまり部分のみではない時に、全体の動きがうまくいき、身体のいろいろな所でやっていることが全体として統合されていき、より良い結果をもたらすと同時に、疲れが減ります。この刺激は、どこからきているかというと身体の中心と私が呼んでいるところから来ていますが、イメージとして私が感じているようなものに過ぎませんし、簡単に決めて命名するわけにはまいりません」
僕にとっての「芯をとらえる」か。
P.106 より引用
「それから、もう一つ保証しましょう。私は左手の指使いと腕の動きにおいても因習を変え、やり方を修正しました。ずっと、私の『自然』な線に沿ってアプローチし続けます。生命が溢れる自然な状態で観察を続ければ、必ず何かが学べます。準備ができていて、辛抱強く粘り強く観察できる人は、かならず成し遂げます。
こうした調査法と考え方を技術として使います。これを自分で始め、今も続けています。やればやるほど良くなり、どんどんやっていけるようになります」
常識にとらわれず、自分にとっての『自然』にアプローチし続ける。そこにはたぶんゴールがないから、どこまでもやっていける。芯のさらに芯が見えてくる。
この本を読んで、昨日のランニング本のようにチェロをやってみたいとはならなかったけど、ちょっとかじってる二胡には通じるかな。本質的なところではなんにでも通じるでしょうけど。