「バシャール2」を読んで

2012年07月30日 20:00 | コメント(0) | トラックバック(0)
バシャール2
図書館で借りた本「バシャール2」を読んで響いたところをメモ。

リラックス本を読み終えたので、まだ読んでないバシャール本を借りてきた。こういう本も図書館に置いてるもんなんですね。

まあ響くとこはたくさんありそうなんで、まだ読んでる途中ですけど、とりあえず最近の出来事にシンクロしてるように感じたとこを。たっぷり2ページ半。

昨日から首が痛くなったという質問者に対して:

P.21 より引用
分かります。こういう考え方をしてみてください。

痛みは単なる抵抗です。古い考え方を、いま自分の中でいろいろプロセスしているのかもしれません。それらをクリアーにしている間に、時々ブロックとか、ひっかかるものが出てきたりします。

だいたいこういうものは皆さんの背骨に沿って出てきます。よくクンダリーニ・エネルギーと呼ばれているものです。そのエネルギーが上がったり下がったりして、所々でひっかかったり寄り道をしたりします。

こういうふうにやってください。そこの部分に息を吸い込みます。そして次にいうように、自分の観念も少し変えてみてください。新しいエネルギーが自分の中に入ってくるとき、それが痛みを伴うのは次のような理由からです。

いま受け取っているエネルギーより、本当の自分のエネルギーが低いと思い込んでいるとき、新たなエネルギーと自分のエネルギーがまだこれだけ違うのだと決めつけているとき、対処できないと思っているものを、受け取ることができません。

ですから自分の頭の中で決めている定義づけを、少しリラックスさせ、ゆるめてください。自分は、入ってくるエネルギーと同じもの、対等なものだと再定義づけしてみてください。

力学を知っている人は、摩擦はふたつのものが擦れるときに起きることを知っています。

ですから、新たなエネルギーを受け取れないと思ったときには、ふたつの間に摩擦が起きていると考えてください。

それが自分の身体の内臓から、いま自分が直面している問題にまで出てきます。そして社会がどう考えているか、自分の身体がどうエネルギーを受け入れるかということからも摩擦は出てきます。

ですから最初にやってほしいことは、自分がそのエネルギーと対等だと知ることです。

それによって摩擦が減ります。

摩擦が起こるのは、自分のエネルギーと新たなエネルギーを対等にすることを怖れているからです。たくさんの人がこれをやります。

自分がそうなってしまったら、どこか未知の分野に足を踏み込んでしまうという怖れです。

でもなぜ未知のものを、自動的に怖れてしまうのでしょう。

それは皆さんが長い間、未知のものは怖いもの、否定的なものと教えられてきたからです。

でも皆さんは、すべて創造者です。

自分の考えていることを、自分の外にも創りあげていく人々です。

ですから、未知のものを肯定的なものだと考えれば、肯定的なものしかやってきません。どんなことが起きても、それを肯定的に使えないということはないのです。

怖れる対象が問題なのではなくて、怖れること自体が問題なのです。

どんな状況でも、怖れを伴わなければならないと最初から決まっているわけではありません。それを見るあなたの見方によって、抵抗や怖れを生み出します。

自分の中に痛みが走ったら、考えてみてください。こんな痛みを体験するためには、自分はどんな観念を持っていなければいけないのだろうと。

その観念はどんなものか。正直に自分の中を見ていってください。

そしていままで自分に教えたれていた観念を探してみてください。

教えられてきたものが見つけられれば、どんな新しい観念が欲しいのかも見えてきます。

ここは大切ですからよく聞いてください。

これが欲しいという新しい観念を自分で見つけたら、新しい定義づけを認識します。認識するだけで古いものを新しいものが入れ換わります。

なぜならそれが起きるのは、あなたがそれを望んでいるからです。

望むだけで充分なのです。

新しい観念を見つけたら、これを実際に自分のものにするにはどうしたらいいか、長いプロセスを経なければ自分のものにならないのではないか、と考える必要はありません。

すべての定義づけを排除するのは難しい、という観念が自分の中にあると難しくなります。

皆さんの社会は、定義づけの上に定義づけして、そしてそれをさらに定義づけするという、非常に複雑な構造になっています。

自分でつくった定義づけを、それは宇宙の真理、宇宙の法則だと思い込んでいることすらあります。

もうこれは普遍的なものだと思い込んでいるものもたくさんあります。

よく、こんなことを言いませんか?

「これを変えるのが難しいことはみんなが知っている」と。

変化するのが難しいことはみんなが知っていると思っているとき、自分にとっても難しいのです。

それすら自分の定義づけだと知っていれば、もうこんなものは欲しくない、変えたいと思うことができます。

「ではなにを新たな考え方としよう?」「簡単に変えられるという観念を自分で決めたらどうだろう」と考えるとき、それは古いものを捨てるということではありません。

古いものから新しいものに代えるとき、その古いものを愛し、それが今まで自分に教えてくれたことをいとおいく思えれば、一番速く進めます。

古いものが自分に教えてくれることのひとつは、古いものはもう自分には必要ないということです。

「自分がなにでないか」を教えてくれる古いものに感謝してください。

それによって「自分がなにであるか」に近づきます。

ですから痛みがあったらそれを自分のものにしてください。

否定しないでください。

自分のものにすると、変化させることができます。

自分のものにすると、自分でコントロールできます。

それを否定しろということではありません。

否定しようと思っても否定できないのです。いままで持っていたエネルギーですから。

ただその形を変えたいだけなのです。

地球の科学でも、エネルギーを消すことはできないということを知っています。形を変えることしかできません。

人生の中で嫌なことが起きたとき、自分をそれから切り離そうとします。

でもできません。できないのです。

ですからそれを変えようとしないで、変わることを許してあげてください。

自分で望む方に自分の考え方を変えてください。それによって変化することを許してあげることができます。
そして呼吸をしてください。

たっぷりと呼吸をしてください。

吸って・・・吐いて・・・。


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