プロセルフヒーラーの観察手記 3

2015年08月16日 19:28 | コメント(0) | トラックバック(0)
意識の視点の空間的原点.png自分の鼻は自分からみて、前方に位置するように感じる。

同様に、頭頂は上方、
右耳は右、左耳は左、
後頭部は後、
アゴ先は下、
口はそれより近いけど、下、というか斜め前下方。

これを突き詰めていくと、自分はココっていうポイントが見つかる。
僕の場合は、左右は顔の中心、上下は眉のやや上、前後は耳の穴ぐらいがそのポイントだ。

眼球の位置とはズレてるのが興味深い。目を開けてるかどうかに関わらず、その位置は一定だ。

解剖学的には、松果体の位置になるのかな。

意識がこの位置から3D空間を覗き見してるようだ。
「意識の視点の空間的原点 」とでも呼ぶかな。


プロセルフヒーラーの観察手記 2

2015年07月13日 09:11 | コメント(0) | トラックバック(0)
ある視点からの波紋が 響く
共鳴し近しさを感じる

ある視点からの波紋に ハッとする
近しさはなくとも、その純粋さに感動する

ある視点からの波紋は 通過し違和感が残る
根底にある恐れが見つかる

どれも自分にとってのヒントになる
特にこれらは上質なヒントだ

プロセルフヒーラーの観察手記

2014年10月29日 20:48 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gif意識はユニークな視点を選ぶ。

視点はユニークな波紋を広げる。

様々な波紋が行き交うのを観察できる。

それを元に意識は視点を選べる。

プロフィール 2014年3月5日版

2014年03月05日 22:19

プロフィール写真上野 直彦 (Naohiko Ueno)
プロセルフヒーラー(Pro self-healer)

スピリチュアルに生きてます。

人生の目標はなにかと聞かれれば、「自由に歌えるようになること」♪

大阪府松原市出身、東京都杉並区在住。
2002年、ワールドカップを観てテンションが上がりなんとなく上京。
2003年、趣味が高じてパソコン仕事(ActionScriptでWebアプリ開発)を始める。
2006年、自分とパソコン仕事とのバランスを失い、立ち止まる。
2007年、指圧をやりたいと気づき、吉祥寺で動禅指圧を習い始める。
2007年、を読んでピンと来たクォンタム・タッチのワークショップを受講する。
2008年、リラクゼーション・マッサージのお店で働き始める。
2009年、たくさん本を読むようになる。特に人体に関する本(目に見えない体についてのもの含めて)。
2010年、スピリチュアル系の本をたくさん読むようになる。
2010年、エックハルト・トールの「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」を読んでいる期間、実際その日起きた現実を本の内容が解説してくれるというシンクロを連続して体験し、何かが大きく変化し始める。
2010年、クォンタム・タッチ レベル2のワークショップを受講し、自分の中の制限がどんどん緩み始める。
2010年、クォンタム・タッチも含めたくさんのエネルギーヒーリング系練習会、交流会に参加するようになり、本当の自分が顔を出す。
2011年、YouTubeでバシャールの動画にはまる。そこに含まれるメッセージが芯から響き、自分を許せるようになる。
2011年、リラクゼーション・マッサージのお店を辞める。
2011年、3.11を経て加速した変化の流れを受け入れ、あるがままで在ることを選択する。
2011年、ピンときたことを、判断せずに、期待なしに、速やかに行動に移すという実践を始める。
2012年、金環日食のタイミングに合わせるように、心身ともに大きなデトックスがあり、ふと無条件に自分を愛せてると感じる。
2012年、シンプルにリラックスする。
2013年、世界との和解(2011年)後つづいてた2回戦が終了し自分自身と和解。25年間の伏線に区切りがつく。
2013年、プロセルフヒーラーになる。
カテゴリ:プロフィール

「自然に演奏してください」を読んで

2013年06月21日 18:00 | コメント(0) | トラックバック(0)

図書館で借りた本「自然に演奏してください―パブロ・カザルスの教えとアレクサンダーワークの共鳴 」を読んで響いたところをメモ。

チェロの近代的奏法を確立し、深い精神性を感じさせる演奏において20世紀最大のチェリストとされるパブロ・カザルスの教えとアレクサンダー・テクニーク、両方を経験した著者へのインタビューをまとめた本。

P.57 より引用
「かかるだけの時間をかけましょう」とても斬新なアイデアでした。

付け焼刃的なテクニックはやらず、最初から本質的なとこをやる。それはものすご〜い遠回りのように見える。でも本質的なところに向き合えてる実感がある。だからこそ、かかるだけの時間をかけられるんでしょう。

P.91 より引用
「やろうとしないで下さい」、「動きが起こってくるのを許しましょう。余計なことをやめていくのです。待っていれば、正しいことは自ずから起きてきますから、道を空けておきさえすればいいのです」

ゆだねるということ。

P.104 より引用
「必要な刺激によってもたらされるこの柔軟な動きは、身体の中心から起こってこなければならない、そう理解してよろしいですか」という質問に対しカサルス氏が答えています。

「これはわたしの信ずる自分流の理論にすぎません。少なくとも、誰かにその部分について教えてもらったことはありません。先生方でさえ何も言いませんでした。その刺激が身体の中心からやってきている時、つまり部分のみではない時に、全体の動きがうまくいき、身体のいろいろな所でやっていることが全体として統合されていき、より良い結果をもたらすと同時に、疲れが減ります。この刺激は、どこからきているかというと身体の中心と私が呼んでいるところから来ていますが、イメージとして私が感じているようなものに過ぎませんし、簡単に決めて命名するわけにはまいりません」

僕にとっての「芯をとらえる」か。

P.106 より引用
 「それから、もう一つ保証しましょう。私は左手の指使いと腕の動きにおいても因習を変え、やり方を修正しました。ずっと、私の『自然』な線に沿ってアプローチし続けます。生命が溢れる自然な状態で観察を続ければ、必ず何かが学べます。準備ができていて、辛抱強く粘り強く観察できる人は、かならず成し遂げます。
 こうした調査法と考え方を技術として使います。これを自分で始め、今も続けています。やればやるほど良くなり、どんどんやっていけるようになります」

常識にとらわれず、自分にとっての『自然』にアプローチし続ける。そこにはたぶんゴールがないから、どこまでもやっていける。芯のさらに芯が見えてくる。

この本を読んで、昨日のランニング本のようにチェロをやってみたいとはならなかったけど、ちょっとかじってる二胡には通じるかな。本質的なところではなんにでも通じるでしょうけど。

「ランニングを極める」を読んで

2013年06月20日 20:44 | コメント(0) | トラックバック(0)

図書館で借りた本「ランニングを極める アレクサンダー・テクニークで走りの感性をみがく」を読んで響いたところをメモ。

アレクサンダー・テクニークがどんなものかよく知らなかったけど、その単語にピンときたので関連本をまとめて借りてきた、そのうちのひとつ。

アレクサンダー・テクニークはもともと発声を改善しようとするところから生まれたものだけど、楽器演奏、演技なんかにも応用されてるらしい。で今回最初に手にとったアレクサンダー・テクニーク本は、ランニングに応用した内容だった。

P.6 より引用
アレクサンダー・テクニークとは

 ランニングのことを、ある種のテクニックだとか、あるいは科学として、または健康のための手段としてとらえるのでなく、アートとして取り組むとき、ランニングはまったく新しい様相を帯びる。
 まず、ランナーのモチベーションが変化する。レースに勝つことや、前もって目標として決めたタイムはそれほど重視されず、探求の過程や、ランニングのよって得られる高い意識に重点がおかれるのだ。それこそがこの本のテーマである。本書は、フレデリック・アレクサンダーによって生み出されたテクニークの原理を土台としている。
 アレクサンダー・テクニークは、無意識のうちにおこなわれる非生産的で習慣的な動作を生み出す、身体の反応に注意を向け、意識的にその反応をコントロールできる能力を育てようとするメソッドだ。身体の自動的な反応は、無意識のうちに陥るクセ――頭を後ろや下に傾かせてしまう習慣――の根底にあるもので、「頭−首−背中」のバランスの良い関係を歪めることになる。
 このテクニークは、自分自身の考え方や動作に対し、効果的な指令をあらためて明確に出すことで、習慣的な反応を捨て去る方法を教えてくれる。この精神物理学的な再統合を通じて、私たちは自分自身と再び触れあうことができるようになる。ランナーも恩恵を受けるであろうことは明白だろう。

 アレクサンダーはまた、結果にばかり気をとられると、動作のプロセスとの強調関係を失うことになると考えた。彼はこういう発想をエンド・ゲイニング(end-gaining)と呼ぶ。いわば「結果がすべて」のエンド・ゲイニングは、私たちの社会に広く浸透している考え方なので、もはや「あたりまえ」に思える(もちろんあたりまえではない)。しかし、プロセスとの協調性を取り戻したとき、人はその瞬間に身をおき、瞬間ごとに少しずつ違うなにかに気がつくはずだ。

アレクサンダー・テクニークはスピリチュアルものではないみたいだけど、響くとこは共通してる。

P.61 より引用
ミーンズ・ウェアバイ

 エンド・ゲイニングにもとづいた活動はたいてい、結果だけで評価される。バーに取りつけたウェイトの重さや、ランニングマシーンで走った時間、ひと月にどのくらい減量したか、といったように。どれだけ進歩したかをはかるには、客観的な数値はたしかに有効だ。しかし、どのような活動でも、その成果が「進歩」という唯一の指標ではかられてしまうのは問題である。指標がたったひとつしかないと、成果というものに対してまちがった認識をもったり、目標を達成できなかった場合には挫折感だけが残ることになる。アルベルト・アインシュタインは、こうした手法は本質的に無益だと言い、「重要なものすべてが数えられるとはかぎらず、数えられるものすべてが重要というわけではない」と言っている。
 競争を好む人は往々にして、エンド・ゲイニングな基準によって、成功か失敗かを評価する。しかし自分自身の健康(身体能力)を維持したり改善したりするのに、競争という考え方は必要ないし、むしろ邪魔なものだ。本当の進歩というのは、行動のプロセスにもっと深く集中したとき、そしてそれによって闘争心が和らいだときに得られることが多いのだ。これがアレクサンダーのいうミーンズ・ウェアバイ(means whereby)である。

そうか、違った視点を認められるようになることこそ大きな「進歩」といえるのかも。

外側の基準から内側の基準への切り替え。人生における最大級のチャレンジだ。

P.166 より引用
 おそらく年齢を重ねたためだと思うが、今ではもう、一度決めたことを強引にやりぬいて、自分の何かを証明してみせるようなことはしない。その代わり、私の身体の動きを意味もなく損なうようなやり方ではなく、自分の「本質」をどのように表現するか、それが課題となった。以前よりレースの出場回数が大幅に減ったのは、準備せずにレースに挑みたくないというのが大きな理由であり、さらにもっと重要なのは、その体験を楽しめないのなら出場したくないと思っているからである。さらに、限界を超えようとしたときに感じる苦痛も、レースを避ける理由のひとつになっている。

そうそう。自分の「本質」をどのように表現するか。それが楽しい課題だ。

姿勢や身体の使い方が変化すると、ただ立ってるだけや、スーパーからの帰り道を歩いてるだけでも、楽しく、とっても心地よくなる。僕にとっては芯をとらえてるという感覚だ。これは前回ブログの記事を書いた後、ずっと向き合ってるテーマ。身体も心も生き方も、芯をとらえるバランスの取り方は同じ、そんな気がする。

最近、歩き方を変えたり(かかとじゃなく拇指球で着地する)、フットサルの休憩中にグラウンドをダッシュしたりするのはこの本の影響だ。

もう少し頑張ったほうがいいんじゃない?

2013年03月27日 21:24 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gifもう少し頑張ったほうがいいんじゃない?
ガンバル」って濁音が多いですね〜。「かんぱる」ならどうでしょう。

のっけからハグラカシですか。なんですか「かんぱる」って?
これまでの観察を通して発見したことなんですが、どうやら頑張るって2種類あるようなんです。

重さがあって主につらさを感じるものと、軽くて心地よさを感じるもの。

だから重いのは「ガンバル」で軽いのは「かんぱる」って区別してみました。

それであんたはどっち?
「ガンバ」ってましたね。

よくあったのが、何かに熱中して最初は「かんぱる」、途中から「ガンバル」。

今は「かんぱる」を選んでいます。「ガンバル」はお腹いっぱい。

じゃあ好きに「かんぱれ」!
私「かんぱる」。

基本的に受け身だよね?

2013年03月26日 21:45 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gif基本的に受け身だよね?
そうですか?例えばどういうとこでしょう。

何か起きるのを待ってるとことか。
うむ。

ツッコミ待ちのとことか。
確かに(^^) 今日もするどいですね。
自分ではこんなイメージなんです。

水面に心地よくプカプカ浮いてます。
気になるものが視界に入ったら、そっちを向きます。
そっちに行きたくなったら向かいます。
波が来たら、身を任せます。

水面に心地よくプカプカ浮いてます。
気になるものが視界に入ったら、そっちを向きます。
そっちに行きたくなったら向かいます。
いい感じの波が来たら、波に乗ります。

ポエムかよ。
...それらは内側からも外側からもやってきます。
でもほんとは全部自作自演。
だから、安心して身を任せます。

はい。意味不明。
つまるところ受け身を信頼しています。
積極的受け身かな。

「世界とヒーリングセッション」なんてただの思いつき?

2013年03月23日 20:39 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gif「世界とヒーリングセッション」なんてただの思いつき?
思いつきですね。今やってることをなにかしら言葉で表現しようとしたとき、それが浮かんだんです。

ヒーリングセッションって普通ひととやるものだよね。「世界と」って言うことで大きな話にしてお得意のハグラカシをしてるんじゃない。
今日は、当たりが強いですね(^^)

ひととのヒーリングセッションの体験を通して、自分にとってのヒーリングはこういうものなんだってだんだんクリアになってきたわけですが、ヒーリングセッションをしてるときの自分の在り方がとっても心地いいんです。

最近はそれを日常生活の中でもやってるんだって気づいたんです。

穏やかに意識を向けること、コントロールしようとせずゆだねること、プロセスを信頼すること、相手を通して自分を見ること。

自分の在り方が一緒。だから自分にとって「世界とヒーリングセッション」って表現がシックリなんです。

あれこれやってるけど1つに絞らないの?

2013年03月21日 22:22 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gifあれこれやってるけど1つに絞らないの?
あれこれやりたいみたいですね。

やること絞ったらもっと効率的だったり、より上達したりするよね。
そうかもしれないけど、今の自分に対して素直になることを上達したいからね。

あんたは悟りを開いたの?

2013年03月19日 18:28 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gifあんたは悟りを開いたの?
さあ。

否定もしないんだ。
悟りを開くってことがピンとこないですね。仮に「悟りを開いた!」となったとしてもヒーリングのプロセスは続くでしょうし。

いつまでたっても終わらないことをやってるってこと?
そうなるね。

なんで?
いろんな視点から体験したいのかもね。

じゃあこの1人2役的なのは「神との対話」のパクリだよね?

2013年03月17日 20:27 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gifじゃあこの1人2役的なのは「神との対話」のパクリだよね?
なるほど〜。

どっちが神役なのかな(^^)

こっちはただのツッコミだよ
てことは?

...そっちは、まあハグラカシだな。
そりゃいい!

ツッコミとハグラカシのセルフ対話。
飽きたら終了。

その言い回しバシャールのマネしてんの?

2013年03月16日 20:32 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gifその言い回しバシャールのマネしてんの?
それはバシャールのメッセージをチャネリングによりダリルが英語に翻訳して表現したもの、がさらに日本語に翻訳されたもの、の言い回しのことでしょうか(^^)

あんた世界を変えようとしてるの?

2013年03月15日 21:31 | コメント(0) | トラックバック(0)
セルフ問答.gifあんた世界を変えようとしてるの?
世界を変えることには正直興味がないです。世界は世界でセルフヒーリングしてます。だからといって無関係だと言ってるわけではありません。それどころか常に世界とヒーリングセッションしています。

そして自分の視点からの世界がどう見えて、それにどう反応したかで、今の自分を知ることができます。


...なんて、自作自演のセルフツッコミがマイブーム。

プロセルフヒーラーになりました 2

2013年03月14日 22:50 | コメント(0) | トラックバック(0)
さてさて、もう少しつっこんで。

プロセルフヒーラー上野直彦は具体的に何をするの
最近の活動をまとめるとこんな感じ。
  • 運動する(ウォーキング、サイクリング、フットサル、スポーツジム)
  • 歌う・音楽する(ヒトカラ、音楽セッション、電子ピアノ・クラシックギター・二胡)
  • 創る・表現する(モバイルアプリ開発、写真を撮る、ブログ・ツイート)
  • 心地良い環境作り(家事、DIY、食べるものを選ぶ、シャワー・歯磨き・爪切りなど、部屋・データなどの整理)
  • 癒す(瞑想、睡眠、セルフヒーリング、ヒーリングセッション)
  • オフ(公園ブラブラ、テレビ鑑賞)

つまり
生活する、生きるそのものがプロセルフヒーラーの仕事。

収入はどこから
さあ。必要なものは入ってくるでしょう。

結婚はしないの
今のとこ興味がないですね。異性のパートナーということであればちょっとあるかも。必要なときに現れるでしょう。

寂しくなったりしないの
バランスが整うほど自分以外とのつながりを強く感じるようです。もし心地よくない感情が見つかったときは、否定せずにそれを感じてる自分を観察します。

よく分からないけど、本当は何か逃げてるんじゃないの
そうかもね〜♪

最後に一言
プロセルフヒーラー上野直彦は、

身体のコリや滞りがめちゃ少ないです。

これ自慢。
タグ:セルフツッコミ | カテゴリ:お知らせ

プロセルフヒーラーになりました

2013年03月14日 22:21 | コメント(0) | トラックバック(0)
本日から自分の肩書きをプロセルフヒーラーとしました。

たぶん世界初のプロセルフヒーラー。自分自身で認定。
それが何かを整理するためにも、自分自分にインタビュー。


プロセルフヒーラーとは
自覚をもって自己のヒーリングを行い、その全責任を負ってるひと。

ヒーリングとは
許すこと。

何かをさせようとしたり、無理に押しつけたりすることからリラックスして、ただ起きるのを許可すればいい。

もし、気になるところがあれば、そこに意識を向ける。
もし、何か行動したくなれば、する。

セルフヒーリングでもヒーリングセッションでも同じ。

セルフヒーリングとは
自分を許可すること。

ヒーリングセッションとは
自分と自分以外の何かと一緒に「セルフ」ヒーリングすること。

自分以外の何かを通して自分を見ることができる。

ヒーリングでどうなるの
よりバランスが整うよう変化が促されます。より本来の自分(の波動)へ。

プロセルフヒーラーの資格とは
ブロセルフヒーラーと名乗ることを自分自身に許可できることかな。

つまりプロセルフヒーラー上野直彦は何をするの
24時間フルタイムで自分と世界のヒーリングセッション。


後半へ続く。

桜上水の会 終了しました

2013年03月07日 16:53 | コメント(0) | トラックバック(0)
お知らせが遅くなりましたが、自宅を使って開催していた「桜上水の会」の受付を終了させてもらいました。

また違う形でヒーリングセッションできるようご案内したいと思ってます。
カテゴリ:お知らせ

2回戦終了して和解

2013年02月18日 22:27 | コメント(0) | トラックバック(0)
ここ2週間ほど、大きな変化を感じてました。

過去にも変化を感じる時期を何度となく経験してきましたが、大きな変化を感じるときほど内側からのデトックスというのか、なにかしら強い抵抗感が浮き出でくるような大きな揺らぎを伴って変化していく、というのがほとんどでした。

今回は、変化の大きさの割にイイ意味で淡々としてます。デトックス的な反応としてあったのは顔面の左側を中心に頭部に痛みがでてること、それをゆっくり時間をかけてセルフ・ヒーリングしながら自分は何を体験しようとしてるのかを観察してるとこです。

今日強く感じたのは、この変化を通して、ここ25年間の区切りをつけようとしてるんだということ。

25年前に顔を2回連続で骨折しました。目の周り、口の中、耳などいろんなところにメスが入り、右頬には今でもボルトが入っています。眼球の可動範囲が狭くなったり、頬の皮膚感覚が鈍くなったり、顔の左右がアンバランスになったりしました。

今では日常生活で問題になることはないですが、顔の右側は滞りやすいという自覚はずっとあって、耳鳴りがしたりなどの疲れのサインがよく出ます。右目周辺には25年モノの頑固なコリがガッチリ固まっていて、今までビクともしませんでしたが、今回の変化でついに緩みはじめました。

骨折したとこ、メスが入ったとこ、ボルトがあるとこ、全部まとめて変化してるようです。骨が動いてるようで、頭部のあちこちに痛みが出ます。歯、上あご、下あごは特に痛みがでて、大きく動いてるようです。

さて、25年前に話を戻して、2回連続で顔を骨折したあと病院を退院して日常生活に戻ったとき、世界がそれ以前と全く変わってしまったように感じました。なんか重くてキラキラしてない。これは夢なんじゃないのかと。それは20年以上経っても、その出来事が思い出されるたび、あのときの変化はなんだったんだろうと、考えるのでした。

そして、今日、その夢が覚めたような気がしました。

世界と和解して、

自分自身と和解したような。

そんなストーリー。
タグ:ヒントの整理 和解 | カテゴリ:ヒーリング遊び

「許してあげる(allow)」とは

2012年08月21日 14:35 | コメント(0) | トラックバック(0)
図書館で借りた本「バシャール3」を読んで響いたところをメモ。

バシャールのよく使う言い回し「許してあげる(allow)」とは?

P.258 より引用
「起きることを許してあげる」ということは、自分で責任をもっていて、そして機会がやって来たときに無視をせずに、すかさず、行動を起こすということです。

「私はなにもしないで寝ている」というのではありません。

チャンスは、あなたの膝の上にやってくるかもしれません。

でも、「あなたが」それに対して行動を起こさなければなりません。

あなたが、そのチャンスに対して行動を起こすという意志を見せることが、イコール、あなたがなりたい人になるという意志なのです。

プロセスを信頼し、直感やシンクロを元に行動に移す。

たとえ、その行動の先にあるものが見えなくても。

行動の先にあるものの確認や分析は行動後でもいい。

結果、何を体験し、どんな反応をし、どういう意味付けを選択するか。それが醍醐味。

そういう遊びを楽しむことを責任を持って自分に許可します。
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